施術家になった理由1
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    父の代から開業38年。幼少のころから父に手ほどきを受けていました。

    父も私も厚生労働大臣による国家資格の免許を持つ施術師です。

    私が施術師になったのは、先代の父の影響がかなり強いです。

    というか、父が施術師ではなかったら、多分、まったく違う人生を歩んでいたと思います。

    しかし、父がただ単に普通の施術師であったなら、もしかしたら、私は施術師を職として選ばなかったかもしれません。

    施術師の私からみても、父は施術師として「天才」だと思います。そして、施術師は父にとって「天職」だったと思います。

    幼少のころから、普通に父の施術を受け、また、父に言われて父を施術したりしました。

    それで痛かったところが楽になっても、子供だから、それが普通だと思っていました。

    しかし、自分が治療する側になり、改めて父の理論、手技のすごさには、「天才」の言葉がふさわしい気がします。

    父の手技は、「職人技」、「神技」の言葉がぴったりのような気がします。

    また、人柄的にも患者さんにすごく慕われていました。

    そういう父が施術師だったから、自分も施術師になったと思います。

    そして、父がいたからこそ、施術師になれたと思います。


    院長父の写真
    上の写真は、まだ、父と一緒の治療院にいた頃に撮影したものです。

    残念なことに、私に息子が生まれた年に急逝しました。

    私自身が父親になり、父に師としてではなく、父親として、息子との接し方、子育てをどんなふうに感じていたかを、いろいろと聞きたかったなあと思っています。

    国家資格を習得する為の専門学校を卒業した後は、父のもとで一緒に治療にあたりました。

    7年ほどした後、父の治療院から独立して、隣の市で治療院を立ち上げました。

    きっかけは、父の「自分ひとりでやってみないか?」でした。

    そして、「お前なら、自分ひとりの力でやっていける。それだけの技術は十分ある」といってくれました。

    屋号こそ、同じ「萩施術所」で分院のような形でしたが、中身は独立採算制です。

    患者さんが来なければ、アウトです。

    しかし、不思議と不安はありませんでした。

    父の一言も効いていたのでしょう。

    師である父が、「力」はあると言ってくれたのです。

    おかげさまで、アウトになることもなく現在まで順調にやってこれました。

    posted by: 院長:萩原信治 | 当院について | 19:41 | - | - | - | - |