施術家になった理由3
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    初めは、父の技術を補う(おぎなう)技として使っていました。

    いかに患者さんに負荷をかけずに、歪んだ骨を動かすか。

    緊張して身体に力が入ってしまう患者さん、

    幼児をはじめとする子供の患者さん、

    そして骨そしょう症など刺激をなるべく掛けないようにしなければならないお歳をめした患者さん、

    そういった患者さんに負荷をあたえずに骨を動かす技をみつけだそうとしていて、考えだし作り出したものです。

    その新しい技を、父の治療院にいるときに編み出せたことが、後々、独立してから、父の理論と技の上に新しい治療体系と技を積み上げることができるようになったのでした。

    そして、この技術は、父にも真似できない技術であったのです。

    たぶん、この技術を使える方は、世界でもほとんどいないと思います。

    また、その技術を使った新しい治療体系(顔面頭部骨格が、骨盤をはじめ、自律神経系に影響をあたえる)は、世界初だと思います。


    簡単に分かりやすく言えば「顎を整えると、骨盤が一瞬で整い、全身の筋肉の緊張が緩む」という、新しい治療体系と技術を作り出せたことです。

    この新しい治療体系と技術を作り出せたことで、父が理論と技術を作りだしたように、私も新しいものを作りだせたと思います。

    同じように新しい治療体系を作り出せたことで、父に限りなく近づけたと胸を張って言えます。

    でも、すべては父がいたからこそです。

    父には感謝の思いで一杯です。

    父には、師としてだけでなく、父親としても、感謝と尊敬の念を抱いています。

    まだまだ、父の人間性や懐の大きさには足元にも及びません。

    父親としても、父が私に接してくれたように、私は息子たちに接しているのかな?と思う日々です。

    ただ、私も息子たちに何かを感じさせるような父親になりたいと思っています。

    なんだか、父と息子の話になってしまいました(笑)

    父と一緒に仕事ができた7年間は私のなかで、宝ものです。

    posted by: 院長:萩原信治 | 当院について | 19:50 | - | - | - | - |